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大阪支部「秋季歴史探訪の会」開催報告


「稀代の軍師 黒田官兵衛のゆかりの地を訪ねて播磨を探訪」

 

 現在NHKにおいて放映中の「黒田官兵衛」のゆかりの地を訪ねるべく、三連休の初日となる26年11月1日(土)午前8時に難波をスタート、梅田を経由して総勢40名(内、ご夫婦7組)が、貸切バスにて出発。ご参加者の中には名古屋から参加のE33 前島一雄様ご夫妻、同じくF47守田賢一様、また岡山・瀬戸内市からK39 松田清治様など、遠方からわざわざ参加された方々もおられ主催者側として先ずは感謝。先ず最初の探訪先は姫路市の北「廣峯神社」へ、ここで本日のガイド役を務めて頂く地元在住のK44加藤恵之氏と合流、このあとの各所のご説明をお願いする。ここ「廣峯神社」は、祇園祭で有名な京都の八坂神社の祖となる祇園本社として、室町時代には熊野にも劣らぬほどの参詣者がこの山を訪れたと記されているといわれ、ここには社家や下級神官で組織された御師制度があり、この御師達が神社の護符と一緒に官兵衛の祖父重隆が提供した家伝の目薬を各地に販売し後の黒田家の財を成したと言われ、まさに黒田家飛躍の地となった所です。未だに非公開ながら二軒ほど御師屋敷が現存しています。このあとは一路姫路市内に向かい、先ず姫路城下の「官兵衛 大河ドラマ館」を見て予備知識を得たあと、「姫路城」内を専門ガイドさんの案内で見学。平成の大修理がほぼ終わり、素屋根が外され屋根の真っ白い漆喰が鮮やかで、まさに「白鷺城」の名に相応しい光景を目のあたりにしながら城内を巡った。その後地元の割烹で昼食。食事もそこそこに「書写山 園教寺」へ。ここは「西の比叡山」と呼ばれる天台宗の古刹で西国三十三所の一つでもある。中国攻めに乗り出した秀吉が西の毛利、東の別所に挟撃されるのを恐れ、官兵衛の進言に従って本陣を移したとされる天然の要害地。山上へはロープウェイで、京都の清水寺に似た舞台造りの「摩尼殿」や「ラストサムライ」など映画のロケ地ともなった「三つの堂」等を見学する。下山後は「英賀神社」へ。ここはかって播磨最大の港町で、官兵衛が毛利方の水軍五千を撃退して勇名を馳せたところとしても知られるが、そのほかにも信長に抵抗した一向宗門徒の拠点でもあった「英賀御堂」や「英賀城」のあったところで、これ等はのちに秀吉によって滅ぼされるが、このときの篭城戦に加わっていたのが小説家司馬遼太郎の先祖であったとのご縁で、境内には司馬遼太郎の官兵衛を主人公にした小説「播磨灘物語」の文学碑が建立されている。ここを見終わった頃には夕闇が迫り、最後の探訪先としていた官兵衛が近習として仕えていた小寺氏の居城のあった「御着城祉」は残念ながら割愛せざるを得ない仕儀となってしまった。三連休の初日となった往路の高速道の渋滞が尾を引いた形になり、参加者諸氏には誠に申し訳ないことながら、帰阪の途に着いたことであった。
                                          記:藤原 康宏(E36)

 

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