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私と土木


■著者:株式会社日本ピーエス 青木 治子(SC⑫)

 

 

・曾祖父から引継いだ土木への道
 私が、土木の道に進もうと思ったのは、曾祖父の影響です。曾祖父は、若い頃より土木の道を志し、非常に勉強熱心で、トンネルの施工技術者として日本全国を飛び回っていました。現在のようなデジタル式の計測器がない時代において、どんな条件でも正確な測量を行うと評判が高かったそうです。自分に厳しく、他人にも厳しかった曾祖父は、現場では一切妥協をしなかったと聞いています。現場で喧嘩をして、定時よりも早く家に帰ってくることもあったとか。
 そんな曾祖父とは、私が小学校5年生になるまで一緒に過ごしました。親とは違う、祖父母とも違う、一番優しく、一番暖かい素敵な存在でした。曾祖父と過した時間はさほど長くはないですが、大学に進学する際、大好きな「大きいおじいちゃん」と同じ仕事がしたい、たったそれだけの理由で私は、土木の道に進むことを決めました。

 

 

トンネル現場での曾祖父

トンネル現場での曾祖父

 

 

・プレストレスト・コンクリート(PC)

 私は今、プレストレストコンクリート(PC) の技術を活用して橋梁やタンクを作る会社に勤 めています。大学の講義でもPCの講義はあり ましたが、まさか自分の仕事にこれほど密接に関わってくるとは思っておらず、入社当初は もっと真面目に勉強をしておけば、と反省す る日々でした。しかし、会社に入ってからでも 何とかなるもので、今ではそれなりにPC構造 物について知識が豊富になったと自負していま す。しっかりとコンクリートの基礎を教えてく ださった名古屋工業大学の先生方、そして会社 の上司や先輩方のお蔭と感謝しております。  実は私は、曾祖父と同じトンネルを造る仕事 がしたい、とトンネルの仕事に憧れていました。 しかし、トンネルの仕事は未だ、女性に対して 厳しく(実際に貫通前の現場見学を断られたこ とがあります)また、入社した会社もトンネル とは無縁の会社ですので、トンネルには当分関 われそうにもありません。当初はそのことが非 常に残念に思っていたのですが、曾祖父の遺品 より昭和27年9月に㈳日本セメント技術協会よ り発行されたパンフレット第24号「プレストレ スト・コンクリート」という雑誌を見つけまし た。技術者として晩年を迎えていた頃の曾祖父 はPCに興味を持っていたようです。その本を 見て意識が変わりました。曾祖父が興味を持っ ていた、そして多分携る事のできなかったPCの技術を活用した仕事を自分がしている、そん な偶然を嬉しくもあり、また「しっかりやれよ」 と曾祖父の声が聞えてくるようで、身が引き締 まる思いです。曾祖父が携わったトンネルがど こにあるのか、今はわかりません。しかし、きっ と今でもどこかで大切に使用されているのでは ないでしょうか。一度、曾祖父のトンネルを探す旅に出かけてみたいものです。

 

第24号「プレストレスト・コンクリート」

第24号「プレストレスト・コンクリート」

 

 

・女性技術者として

さて、私は女性技術者です。社内には多くの 技術者がいますが、ほとんどが男性で、女性 は数えられる人数しかいません。もちろん社外 に出ても、女性は多くなく、物珍しく思われま す。物珍しく思われるのはまだ構わないので すが、時には技術者と認めて貰えないこともあ ります。仕方がないな、と思う反面、何とかし て技術者だと認められたい、そんな一心で技術 者として最難関の資格である“技術士(建設部 門)”の試験に挑戦しました。建設部門のなか でも、自分の得意分野である “鋼構造およびコ ンクリート”という学科で挑戦しました。しか し、挑戦すると決めたものの、何を勉強してい いのやら。過去問を見ても、『こんな試験、受 かるのだろうか?』『いったい何を勉強すれば いいのだろうか?』と不安ばかりでした。それ でも、とにかくやろう、技術士になってやろう、 その一心で、コンクリートについて毎日少しず つ勉強をしました。  さらに、職場の上司や先輩方のサポートもあ り、無事に技術士試験に合格し、技術士となることができました。

 

現場で緊張作業中

現場で緊張作業中

 

 

・女性技術者は一人ではない

前述したように、女性技術者は多くはありま せん。特に土木となると、学生時代から他学 科に比べて少なかったと記憶しています。今で は『リケジョ』や『ドボジョ』といった言葉で、 だいぶ浸透してきたように思いますが。そんな なか、土木の分野では、“土木技術者女性の会” という会があります。30年もの歴史があり、30 年前と言えば、私はまだ小学生で、そのような 頃から土木の世界で活躍している先輩方が作られた会です。2013年には一般社団法人となりま した。産官学、さまざまな立場の方々が集まっ ています。もちろん、女性の集まりですので、 結婚や出産といった女性として避けて通れない 道を通ってきたベテランの先輩方も、現在、育 児中の方々もいらっしゃいます。まだ入会して 日が浅いですが、今まで孤軍奮闘(大げさですが) してきたので、いい仲間ができてとても心強い です。

 

 

・おわりに

今、一番感謝をしていること、それは私が名 古屋工業大学の卒業生である、ということです。  社会に出て感じたことは、非常に多くの先輩 方がおられ、また、その方々の多くが社会の 重要はポジションを担っていらっしゃることで す。『母校(大学)はどこですか?』と聞かれた時 に『名古屋工業大学です』と答えると、『僕も(私 も)です』という会話の多いこと。そのおかげで、 初対面の方々とも打ち解けて話すことができま す。  また、社会に出てか ら大学に伺っても、温 かく迎えてくださる先 生方にも非常に感謝し ています。これからも、 『私は名古屋工業大学 の卒業生だ』というこ とを誇りに、頑張って いきたいです。

 

ご本人

青木 治子(SC⑫)