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平成27年 大阪支部「春季歴史探訪の会」開催報告


   (知の巨人 南方熊楠の足跡を訪ねて南紀・田辺、白浜を探訪)

 

 今回の探訪行は、和歌山が生んだ「知の巨人」と称えられた博物学者、民族学者の南方熊楠を訪ねて南紀に向かうことに。去る5月16日(土)総勢30人(ご夫婦5組)が、雨模様の大阪を貸し切りバスにて出発する。ご参加者の中には千葉県松戸市からの西田公也氏(K44)もおられて、主催者としてははるばる遠方からのご参加に先ずは感謝。
 阪和自動車道を経て、予定通り午前11時前には南紀田辺に到着。雨も上がり先ずは最初の訪問地「南方熊楠顕彰舘」を訪ねる。静かな住宅街の中に「南方熊楠邸」に隣接する近代的な建物に迎えられ、研修室にて濱岸宏一館長様から南方熊楠翁の偉大な業績の数々のご説明を受ける。この顕彰舘には熊楠翁が残した25,000点にも及ぶ資料が収蔵され熊楠翁の研究、情報発信の拠点として、2006年に開館。ご講演後、学芸員の西尾浩樹氏のご案内で、熊楠翁がその晩年25年を過ごした登録有形文化財に指定されている隣接の「南方熊楠邸」を見学。翁は400坪の地に離れを建て、終生ここを生活の場、研究の場とし、今も当時そのままの状態で保存、展示されている。広い庭には多種多様な植物が植えられ、翁が粘菌の新種「ミナカテルラ・ロンギフィラ」を発見した柿ノ木も未だ健在であった。この後昼食会場へ。
 昼食後に向かったのは「南方熊楠記念館」。昔は藩の見張り台のあった眺めの良い番所山にある記念館を訪ねると、先ず出迎えてくれるのは昭和天皇の御製の歌碑「雨にけふる神島を見て紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ」。歌中に民間人の名前が詠みこまれるのは、異例中の異例といわれ、昭和天皇の思し召しの深かさを伺い知る歌碑である。ここで、谷脇幹雄館長様のお出迎えを受け、歌碑の由来などを伺いながら、記念館へ。この館は熊楠翁没後、遺族から熊楠翁の生前残した遺品、資料の寄贈を受け昭和40年に開館したもので、本年は開館50年の節目の年に当たるとか。館内は、文献、標本類、遺品の数々を永久保存して一般に公開されており、先ず「南方熊楠」の紹介ビデオを見た後、館長さん自らのご案内で館内の展示品を見て回る。展示は第一コーナー(青少年時代の熊楠)に始まり、第六コーナー(植物学者そして晩年)まで、系統だって判りやすく展示されている。異色なのは第三コーナー(親しい人々)にある、あの近代中国の生みの親、孫文との交友を物語る遺品の数々である。又、第四コーナーで、昭和天皇の紀州行幸時のご進講時に献上した粘菌標本サンプルの箱が普通なら桐の箱であるところが、森永キャラメルの紙箱であったのを天皇は大変喜ばれたというエピソードのもとになったキャラメルの大箱の展示なども興味深かった。展示説明の後は、屋上に上がって、田辺湾、白浜湾など360度の眺望を楽しみながら、館長から熊楠翁が晩年、地域の自然保護にも力を注ぎ、いち早く唱えた「エコロジー」の考え方のもとになった田辺湾内の神島(国史跡名勝天然記念物)などを見ながら説明を受けた。記念館を辞した後、隣接する1930年に開館した大学付属の水族館では数少ない「京大 白浜水族館」を加藤飼育員さんの解説付きで見学。南紀の海は生き物の宝庫といわれ様々な生き物の展示の中で、無脊椎動物の展示では日本有数とのこと。これで予定していた探訪は全て終わり、折角の機会なので、白浜の名所、「三段壁」「千畳敷」を夕日輝く海面をバックに鑑賞しながら帰途についた。
 今回は「南方熊楠」を敬愛する方々からじかにお話が伺えて、大変有益な探訪行であった。
                                                                                                                                  記:藤原 康宏(E36)

 

春季歴史探訪の会 写真